影さえも引きちぎるように、吉田が前に飛び出した。決勝第2ピリオドの開始15秒、神速のタックル。許莉(中国)の右足に触れた次の瞬間、もう背後を奪っている。
「怖いと思ったら絶対に入れない。返されても、もう1回(タックルに)入ろうと思っていた」
さらに40秒過ぎ。嫌がる許を組み敷き、両腕を背中の下にねじ込む。大音量の声援を頭上から浴びせた観衆を、一瞬で黙らせる力業。2連覇を文句なしのフォール勝ちでもぎ取った。
「これまでの半年間、アテネからの4年間が全部頭の中を走って…」
握り拳を固めた吉田は涙顔。4年前とは逆に、栄和人女子監督に担がれてマット上をクルリと回る。顔はくしゃくしゃ。絵になる師弟だ。
1月に無名の米国人選手に敗れた。それも得意のタックルを返されて。「外国人と向き合う気持ちが変わった。不安というか『この選手は強いのかな』と…」。超人的、機械的な強さを誇った吉田に刷り込まれた不安、恐怖。心は「超人」と「凡人」の間で揺れ動き、
折りたたみ自転車優勝した3月のアジア選手権でも、足の震えは止まらなかった。
不安を塗りつぶす作業が始まった。腰高を避け、低い重心に。インパクトの瞬間に胸を反らせてリフトアップ。半年前に墓穴を掘った得意技は、返されにくいタックルへと装いを変えた。
自転車「今日は一度も返されていないでしょ」。目の前の相手はすべて葬った。
21歳で出場したアテネは勢いがあり、「普通にやったら勝てた」。25歳で迎えた北京は「2連覇できるかも分からなかった」。それでも完勝。不安、恐怖を押さえ込んでの「金」の価値は高い。
だが、吉田は余韻からさめるのも早い。「いやあ、もうロンドンです。4年は長いようで短い。3連覇目指します」。やはり超人だった。